
尾張猿田彦神社とは
昭和28年第59回式年遷宮の際に
神宮第三の鳥居が西奥町の氏神に御神縁も
深く授けられ、
この大巻山に神宮遥拝所鳥居
として南向きに建立されました。
この付近は公園で散歩コースにもなっており、
双方共に親しく参拝されています。
本神社の本殿は奥宮の東、
堤防を挟んで五百メートル程離れた奥町の
街中に、
御神徳を広めんとご神託により
御造営されて現在にいたっております。



猿田彦大神
〜導きの大神〜
主祭神「猿田彦大神」は
古事記や日本書紀の中で、
「天照大神」の命を受けて「天津彦火瓊瓊尊(あまつひこほのににぎのみこと)」が、
天ツ国より天下る「天孫降臨」の際に、幾多に道が分かれる天八衢(あめのやちまた)で立ち向かえ、中ツ国(日本の古名)の日向国の高千穂に先導し案内された導きの大神様です。
この神徳により、在も神幸行列の時は、
「吾れ、先に立って道を開かん」と舞踊をしながら祓い、
一行の安全を守って善い方へ道を開き、導かれており、故に今も、
人々を明るく希望のある方向へ行く先を「啓行(みちひらき)」されています。
また、「土公神(どこうじん)」の名で
知られており、
「葦原中ツ国(日本の古名)」に
元来より存在される土地を司る大神様でもあります。
記紀によれば「猿田彦大神」は、
背の高い威風堂々たる容姿で、
天狗のように鼻が高く、
唇は明るく輝き、長い口髭をはやし、
眼は八咫鏡の如く爛々と照り輝き、
この神に「目勝つ(まがつ)神」は無かった
とあるほど、
強い力の持ち主であり、眼力の強い大神として知られています。

導きの御神徳
猿田彦大神は導き道開きの大神として、
皆様を良い方に導き、また啓行(みちひらき)のご神徳が賜れます。
土地建築のご神徳
猿田彦大神は国土開拓をした神様であり、また神宮第一の古典『皇大神宮儀式帳』より
裔は神宮の建立に携わりその末裔は代々近年まで、
神宮本殿の中央の柱である心御柱(しんのみはしら)を奉納する役割を果たしておりました。
そのため、建築関係の方から非常に信仰されている大神様です。
武芸上達のご神徳
猿田彦大神の奥様であらせられる「天宇受姫大神」は天の岩戸神話で、
舞を舞った大神さまであり、そのため芸能・芸術の上達のご神徳が賜れます。
良縁祈願・夫婦円満のご神徳
猿田彦大神・天宇受賣大神のご夫婦を一緒にお祀りしております。
そのため、夫婦円満や良縁祈願のご神徳を賜れます。
安産子宝のご神徳
相殿神であらせられる「塩竈大神」。潮の満ち引き・海の成分を司る神として祀られております。
そして人の生死は潮の満ち引きに深い関係があり、子宝・安産守護・延命長寿のご神徳を賜れます。
商売繁盛のご神徳
相殿神であらせられる「末広稲荷大神」は皆様に聞きなじみのあるお稲荷様です。
そのため、五穀豊穣・商売繁盛のご神徳が賜れます。
人の道
「稚産霊大神」は神仏習合時代に本地仏を釈迦如来として祀られておりました。
当神社では稚産霊大神を「独尊大神」の名前で祀っております。




